東京地方裁判所 昭和63年(ワ)7292号 判決 1992年11月30日
原告
ペガサス興業株式会社
右代表者代表取締役
倉本竜二
右訴訟代理人弁護士
鈴木栄二郎
同
金丸弘司
同
松山正
被告
保証美建株式会社
右代表者代表取締役
高橋多喜男
外一名
右訴訟代理人弁護士
渡邊敏久
主文
一 被告は、原告に対し、金三四九万九〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、四七八四万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件請負契約の締結
原告は被告に対し、昭和五七年一一月二〇日、東京都中野区弥生町二丁目一三番八号所在の土地上に地上六階建てのビル(以下「本件建物」という。)の建築工事を、代金一億五〇〇〇万円、昭和五七年一二月二日着工、昭和五八年九月二〇日までに完成、引き渡す約定で請け負わせた(以下この契約を「本件請負契約」という。)。
なお、原告は被告に対し、約定に従って昭和五八年四月二六日までに計七二〇〇万円の請負代金を支払った。
2 被告の債務不履行と本件請負契約の解除
(一) 本件建物建設工事(以下単に「本件工事」ともいう。)が進むに従って、被告の工事には、以下のような約定に反するものが多く含まれることが判明した。
(1) 原告は、本件建物の一階を店舗、二階をボクシングジムに使用する目的であったため、本件請負契約においては、一階の階高を4.5メートル、二階の階高を3.3メートルとする旨が定められていたが、被告は右約定に反し、一階の階高を3.4メートル、二階の階高を3.1メートルとして工事を実施した。
(2) 被告は、本件建物の外壁に使用するタイルについて、原告に示したサンプルとは全く異なる粗悪品を使用した上に、凹凸のある壁に直接張りつけるという乱雑な方法を採ったため、表面の仕上がりが不良となった。
(3) 一階のシャッターは壁の内側に取り付ける約定であったにもかかわらず、設計ミスにより、外部に取り付けざるをえなくなった。
(4) 設計上RC壁のところ、一階に一部これがない工事をした。
(5) 一階北側アプローチ部分に、約定にはない段差をつけた。
(6) 各階外壁打継目地防水工事をしなかった。
(7) 二階部分に取り付けた梁鉄骨を天地逆にして取り付けたため、通気管を床上に接続せざるをえなくなった。
(8) アルミサッシ廻りコーキング処理をしなかった。
(9) エレベーターホールと廊下との間に約定にはない段差をつけた。
(10) 約定に反し、防音サッシを据え付けなかった。
(11) 屋上部分を原告代表者の生活上使用できるようにするとの約定にもかかわらず、屋上歩行用の防水工事をせず、屋上手すり工事もしなかったほか、鉄骨階段の設計不良があった。
(12) 地下の物置に換気や照明設備を取り付けなかった。
(13) 一階車庫部分に換気設備を取り付けなかった。
(14) 六階浴室の壁を鉄筋構造にすべきところブロックにした。また浴室の鉄筋が剥き出しのままの状態であった。
(15) 二階のボクシングジムにつき、約定の防振構造をとらなかった。
(16) 一階は店舗として使用することになっていたにもかかわらず、約定の汚水用配管工事をしなかった。
(二) そこで、原告は、昭和五八年一〇月二五日到達の書面で本件請負契約を被告の右債務不履行を理由に解除し(以下「本件解除」という。)、やむを得ず同年一二月一九日新工建設株式会社(以下「新工建設」という。)に本件建物の残工事を請け負わせ、新工建設は、昭和五九年八月末日本件建物を完成させた。
3 損害
(一) 増加した請負工事代金二八四四万円
原告は、新工建設に対し、請負代金として一億二〇〇〇万円を支払ったので、すでに被告に対し支払っていた七二〇〇万円及び紛争発生後裁判上の和解に基づき被告に対し支払った一三〇〇万円を含め、本件請負契約における請負代金に比べ、五五〇〇万円の新たな出費を余儀なくされた。ただし、そのうち一三五六万一〇〇〇円に相当する部分は原告が新工建設に対し新たに発注した追加工事であるため、これを右出費増分から控除すると、原告の被った損害は四一四三万九〇〇〇円となる。
(二) 工事の完成が遅れたことによる損害一五八四万円
原告は、一階から五階までを賃貸し、六階を自己の居宅として使用する目的で本件請負契約を締結したのであるが、前記のとおり、被告の債務不履行により、本件工事の完成が約一年間遅れた。その間原告が本件建物を使用収益することができないことによって被った損害は次のとおり計一五八四万円である。
(1) 一階を他に賃貸すれば少なくとも一か月三〇万円の家賃収入を得られた。その一年分は三六〇万円である。
(2) 二階ないし五階は各階平均一か月少なくとも二七万円の家賃収入が得られた。二か月あれば各階全部の賃貸ができたから、一〇か月分合計一〇八〇万円の収入を失った。
(3) 原告は、本件建物への入居が一年遅れたため、その間他に住居を賃借せざるをえなくなり、一か月一二万円の家賃の支出を余儀なくされた。その一年分は一四四万円である。
4 よって、原告は被告に対し、債務不履行による損害賠償請求として、原告の被った損害合計五七二七万九〇〇〇円のうち四七八四万円と、これに対する昭和五九年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 1は認める。
2 2について
(一) (1)のうち、被告が本件建物の一階の階高を3.4メートル、二階の階高を3.1メートルとして工事を施工したことは認めるが、その余は否認する。原告は一階の階高を4.5メートル、二階の階高を3.3メートルとすることを要求したが、建築基準法所定の高さ制限(日影規制)の関係からそのような施工は不可能であったので、本件請負契約においては一階の階高は3.4メートル、二階の階高は3.1メートルとされていた。
(二) (2)は否認する。被告は原告にサンプルを示し、原告の指定したタイルを使用している。
(三) (3)のうち、一階シャッターが梁の外側に取り付けざるをえなくなったことは認めるが、その余は否認する。原告が無理な建物を要求したためやむを得ずそのようになったものであり、原告も了解していた。
(四) (4)のうち、一階南側の壁をコンクリートブロック構造にして施工したことは認めるが、その余は否認する。本件建物の北側及び東側に剛の壁がないことから、建物全体のねじれを防止するため南側がコンクリートブロック構造として設計されたものであり、何ら問題はない。
(五) (5)のうち、北側一階のアプローチに段差があることは認めるが、その余は否認する。駐車場部分の敷地との高低差や、水はけの問題を考慮して段差を設けたものであり、また、段差は建物の品位も高めるもので何ら問題はない。
(六) (6)は否認する。外壁の各階打継目地にはウレタン系コーキングによる防水工事を行っている。
(七) (7)は認める。
(八) (8)は否認する。工事中止時にはまだアルミサッシ廻りコーキングを施工する工程ではなかっただけである。
(九) (9)のうち、エレベーターホールと廊下との間に段差があることは認めるが、その余は否認する。廊下が外部開放廊下であることから、雨水がエレベーターホールに流入することを防止するための措置であり、何ら問題はない。
(一〇) (10)のうち、防音サッシを据え付けなかったことは認めるが、その余は否認する。本件請負契約においては、防音サッシを据え付ける旨の約定はなかった。
(一一) (11)のうち、屋上に歩行用の防水工事及び手すり設置工事をしなかったことは認めるが、その余は否認する。そもそも屋上は非歩行用とする旨の約定があったものであり、被告の工事に何ら不十分な点はない。
(一二) (12)については、地下に換気及び照明設備が存在しないことは認める。しかし、本件請負契約においては、地下は金庫置場に過ぎず、事務をとるような設計とはしない旨の約定があったものであり、何ら問題はない。
(一三) (13)については、一階車庫部分に換気設備を取り付けなかったことは認める。しかし、駐車場は二方向に吹き抜けがあるので換気設備は必要ない。
(一四) (14)のうち、六階浴室の壁が鉄筋構造でないことは認めるが、その余は否認する。六階浴室は原告の要請で後から床を張り、浴室としたのであるから、構造上やむを得ないことである。
(一五) (15)は否認する。二階は、建築基準法施工令第八五条に定める事務室としての積載荷重に耐えられるように施工されており、ボクシングジムとして使用するのに支障はない。
(一六) (16)のうち、一階に汚水用配管工事をしなかったことは認めるが、その余は否認する。一階は全部駐車場とする約定であり、汚水用配管は必要ない。
3 3のうち、(一)は否認する。(二)は知らない。
三 被告の主張
1 本件請負契約解除に至る経緯は次のとおりである。
(一) 原告が、当初本件建物の建設を依頼した際に希望した建物は、一階を駐車場及び店舗、二階をボクシングジム、三階ないし五階を賃貸用住宅、六階を自己使用居宅とする地上六階建ての建物であったが、右建物は建築基準法の定める容積率及び高さの制限に違反しており建築不可能なものであった。そこで、被告は原告に対し、一階及び二階の階高を原告の要求より低くして高さ制限に対応するとともに、一階を全部駐車場とし、六階の一部を五階との吹き抜けとし、階段及び廊下をすべて外部開放型とすることで容積制限に対応した案を提出し、原告もこれに同意したため、右被告の案に従った内容で本件請負契約が締結された。
(二) しかしながら、原告は、昭和五八年五月ころ、五階と六階の吹き抜けの部分に全部床を張るよう要求してきた。被告は、それでは容積率違反となり、竣工検査を通らなくなることから反対したところ、原告は要求どおり施工するように強要したので、やむなく原告の要求どおり工事をした。
(三) さらに、原告は、昭和五八年六月ころ、被告に対し、外部階段に屋根をつけ、外部廊下に囲いをつけるよう要求した。被告は、そのようにすると容積率違反となるのでこれを拒否したところ、原告は被告代表者高橋多喜男及び工事部長池田優(以下「池田工事部長」という。)を原告代表者倉本竜二(以下「倉本」という。)の事務所に呼び出し、右倉本あるいはその取り巻きの連中をして要求どおりに工事を行わなければただではおかない等と申し向けて両名を脅迫し、あるいは襟首をつかんで引きずるなどの暴行を加え、前記違法建築を強要した。
(四) また、倉本は、昭和五八年六月二二日、本件建物建築現場において、池田工事部長に対し、タイルの厚さが足りないと難癖をつけ、同人の胸ぐらをつかみ、タイルを地面に叩きつける等して威嚇した。
(五) 以上のような原告の暴行脅迫にもかかわらず、被告は違法建築に応じなかったところ、昭和五八年六月二四日、原告は一方的に本件建物建築工事の中止を命じてきたため、被告は工事ができなくなった。なお、この際原告が工事内容に関するクレームとして主張していたのは、タイルの厚さ及び工法に対する不満と、エレベーターホールと廊下との間の段差についてのみであり、それ以外に原告が被告の債務不履行であると主張する前記一2(一)記載の各事項は何ら問題とはなっていなかった。
(六) その後、原告及び被告は、仲介人を入れて同年一〇月二二日ころまで話し合いを持ったが、原告は依然として前記違法建築に執着していたため、話し合いが付かず、同月二五日、原告から被告に対し、本件請負契約を解除する旨の意思表示がなされた。
以上の経緯に鑑みると、原告が被告に対し解除の意思表示をした理由は、被告が原告の違法建築の強要に応じなかったためであって、被告の債務不履行を理由とするものではない。したがって、原告の解除の意思表示は有効なものとはいえない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(本件請負契約締結の事実)については、当事者間に争いがない。
二請求原因2(被告の債務不履行と本件請負契約の解除)について判断する。
1 まず、原告が被告の債務不履行であると主張する請求原因2(一)(1)ないし(16)の各事実について判断する。
(一) (1)について
被告が本件建物の一階の階高を3.4メートル、二階の階高を3.1メートルとして施工したことについては当事者間に争いがない。
原告は、約定の階高は一階が4.5メートル、二階が3.3メートルであった旨主張し、<書証番号略>等原告の主張に沿う証拠も存する。
そして、右各証拠によれば、当初被告に本件建物の建築見積りをさせる段階において、原告が一階、二階の階高を右階高にするよう希望していたことはこれを認めることができる。
しかしながら、証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、一、二階の階高を原告の希望どおりとし、かつ原告の希望する六階建の建物を建築することは、建築基準法上の日影規制による高さ制限に違反し不可能であるために、被告は原告の了解を得て一階の階高を3.4メートル、二階の階高を3.1メートルとしたことが認められるから、階高について被告に約定違反はない。
なお、後記認定のとおり、本件請負契約においては、当初から建築基準法その他関連法規を潜脱して一階については当初は駐車場とし、五、六階については床面積の半分を吹き抜けとして容積率の範囲内におさめ、建築主事の竣工検査を経たのち一階部分に囲いをつけて店舗とし、五、六階の吹き抜け部分には床を張って、原告代表者の住居として使用する意図であったのであるが、これらは、いずれも竣工検査の時点では一応適法な建築物であるといえるのに対し、階高については、原告の希望どおりであれば竣工検査はもとより建築確認申請も通らないことは明白であり、その時点で既に違法であるから、被告が他の部分について実質的に違法な建築をすることを承諾していたからといって、当然に本件建物の建築を請け負いたいがために階高についても違法な建築をすることを承諾したはずであると推認することはできない。
(二) (2)について
証拠(<書証番号略>)によれば、被告は倉本に対し、八種類の外壁タイルの見本を示し、同人が指定したタイルを使用して外壁工事を行ったことが認められるから、被告が原告に示した物と異なるタイルを使用したとの原告の主張は認められない。
しかしながら、証拠(<書証番号略>)によれば、被告は、タイルの貼付方法として、いわゆる直貼工法を採用したが、タイル下地が平滑でなかったため、タイル表面に凹凸が生じたり、目地が揃っていないなど仕上がりが不良であって、工事をやり直さなければならない状態であったことが認められる。
(三) (3)について
一階シャッターを梁の内側に取り付けることが不可能であることは当事者間に争いがなく、証拠(<書証番号略>)によれば、一階車庫入口部分のシャッターは、設計図面上は大梁内側に取り付けることとされているが、現実にはそのように取り付けるのは不可能であり、それは設計若しくは施工上のミスによるものであることが認められるから、この点については被告の工事に欠陥が認められる。
(四) (4)について
原告が本件建物の一階南側の壁をコンクリートブロック構造にして施工したことは当事者間に争いがない。しかし、証拠(<書証番号略>)によれば、一階及び二階の南側の壁がコンクリートブロック積構造となっているのは設計図面どおりの施工であり、また、本件建物の構造上、ねじれを防止するために南側壁をコンクリートブロック積みとすることには合理性が認められる。したがって、この点について被告の工事に欠陥があるとは認められない。
(五) (5)について
北側一階アプローチに段差があることは当事者間に争いがない。しかし、本件請負契約において右段差を設けないことが合意されていたことを認めるに足りる証拠はなく、証拠(<書証番号略>)によれば、設計図面においては段差が設けられており、敷地の高低差を調節する必要性等段差を設ける合理的理由が認められる一方、これによって本件建物の利用に特に不都合を来すとも認められないから、この点について被告に債務不履行があるとは認められない。
(六) (6)について
証拠(<書証番号略>)によれば、六階に一部コンクリートの打継不良箇所があり、雨水等の漏水の虞れがあることが認められ、これは被告のコンクリート打設時の不注意によるものであることが認められる。しかし、その余の部分についての原告主張の欠陥は認められない。
(七) (7)については当事者間に争いがない。
(八) (8)について
証拠(<書証番号略>)によれば、被告は防水コーキング処理のための目地を建物外部に面する金属製建具の周囲に設けていないこと、一般的にコーキング処理のための目地を下地に設けず、タイル工事時に防水工事をすると、精度、耐久性の点で問題が生ずることが認められる。したがって、この点は被告の工事に欠陥があると認められる。
(九) (9)について
エレベーターホールと廊下との間に段差があることは当事者間に争いがないが、本件請負契約において、エレベーターホールと廊下との間に段差を設けないという合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、証拠(<書証番号略>)によれば、設計図面に基づいて工事が行われており、その段差はわずか五センチメートルであること、また、エレベーターホールと床とのあいだに段差を設けることは、エレベーターホールへの雨水流入の防止などの利点もあって合理的であることが認められるから、この点について被告に債務不履行があるとは認められない。
(一〇) (10)について
防音サッシが据え付けられていないことは当事者間に争いがないが、本件請負契約において防音サッシを使用する旨の合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから、この点について被告に債務不履行があるとは認められない。
(一一) (11)について
被告が本件建物屋上に歩行用の防水工事および手すり設置工事をしなかったことは当事者間に争いがないが、本件請負契約において、屋上部分の使用を前提とした合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はなく(むしろ、<書証番号略>によれば、使用しないことが前提となっていたことが窺われる。)、この点に関し被告に債務不履行があったとは認められない。また、<書証番号略>によれば、鉄骨階段に設計不良があるとは認められない。
(一二) (12)及び(13)について
地下に換気及び照明設備が存在しないこと、一階車庫部分に換気設備がないことは当事者間に争いがない。そして、証拠(<書証番号略>)によれば、当初本件建物地下には受水槽とポンプ室のみが予定されており、金庫室は後で付け加えられたものであることが窺われるが、右金庫室に換気、照明設備を設ける旨の合意がなされていたことを認めるに足りる証拠はない。そして、金庫室に換気及び照明設備を設けないことが設計上のミスであるともいえない。また、一階の車庫部分についても、換気設備を設ける旨の合意が成立していたという証拠はなく、二方向に吹き抜けがあるその構造からすれば換気設備を設けないことが設計上のミスであるともいえない。また、証拠(前掲各証拠、<書証番号略>)によれば、後記(一五)の判示と同様に、一階を店舗化する場合には、原告において右各設備を設置する約束であったと認められる。したがって、いずれにしろこれらの点に関し、被告に債務不履行があったとは認められない。
(一三) (14)について
六階浴室の壁が鉄筋構造でないことは当事者間に争いがないが、<書証番号略>によれば、浴室回りをコンクリートブロックを用いて施行することはごく一般的に用いられる工法であり、特に問題はないことが認められ、本件請負契約において鉄筋構造にする旨の約定があったことを認めるに足りる証拠もないから、この点について被告の工事に欠陥があったとは認められない。
また、<書証番号略>によれば、浴室に一部鉄筋の被覆が不十分な箇所があったことが認められるが、本件工事が中途で中断されたことを考慮すると、これをもって欠陥工事であるとは認め難い。
(一四) (15)について
原告が被告に対し、二階をボクシングジムとして利用できるようにする旨希望していたことは当事者間に争いがない。
証拠(<書証番号略>)によれば、二階部分については設計上事務室とされており、特にボクシングジムを想定した防振構造とはなっていないこと、AIU建築設計事務所の設計担当者は二階をボクシングジムとして使用する予定があるという話は聞いていなかったことが認められ、被告が本件建物の二階について、ボクシングジムとして使用することを前提とした設計及び施工をした証拠もない。しかしながら、証拠(<書証番号略>、原告代表者)によれば、事務室としての積載荷重に耐えられる構造であればボクシングジムとしての使用に構造上問題は生じないこと、本件建物の二階は事務室としての積載荷重に耐えられる構造となっていること、原告も、二階をボクシングジムとしてのみならず、事務所としても転用可能な構造とするよう要望していたことが認められる。また、<書証番号略>によれば、ボクシングジムの場合、現状に加えてさらに騒音、振動の防止策をとる必要があることが認められるものの、同号証によれば、これは吸音材等を壁、床、天井に貼ったりすることで解決可能であることが認められ(<書証番号略>中には、二階を浮き床にすることを前提として防振性に欠ける旨の記述があるが、採用しない。)、二階をボクシングジムとして直ちに使用できる仕様とすることまで本件請負契約の約定に含まれていたことを認めるに足りる証拠はないことを勘案すると、現状の施工で原告に不利益はないから、この点について被告に債務不履行があったとまでは認められない。
(一五) (16)について
一階に汚水用配管工事がなされていないことは当事者間に争いがないが、証拠(<書証番号略>、原告代表者)によれば、原告は当初一階を店舗とすることを希望したが、被告のアドバイスにより、本件請負契約においては容積率の関係から一階は駐車場とし、その後店舗化する場合には建物完成後原告において行うこととしたことが認められるから、汚水用配管工事を行わなかったことが被告の債務不履行であるとはいえない。
2(一) 以上のとおり、原告の主張する被告の債務不履行のうち、①外壁及びタイル、②一階シャッター取付位置、③外壁打継目地の一部、④二階部分の一部梁鉄骨の取付方法、⑤アルミサッシ廻りコーキング目地、以上の五点については、被告の工事に不良箇所があることが認められる。
ところで、請負契約においては、注文主は、目的物完成前であっても、目的物に重大な瑕疵があり、請負人が期日までに約定どおりの目的物を完成させることが不可能であることが明らかであって、もはや契約関係を継続させることが注文主にとって酷であって相当でないような場合には、民法五四三条の規定に基づき、請負契約を解除できると解すべきであるが、本件で認められる不良箇所は、証拠(<書証番号略>)によれば、いずれも修補あるいはやり直しの可能な瑕疵であるか、あるいは解除を認めなければならないほど重大な瑕疵であるとは認められないものであって、契約関係を継続させることが注文主にとって酷であって相当でない場合であるとは到底いえない。したがって、原告の本件解除の意思表示は、民法五四三条の規定に基づく解除としてはその効力を認めることはできない。
(二) しかしながら、民法六四一条の規定によれば、注文者は建物完成前であれば何時でも自由に請負契約を解除できるとされているから、本件解除の意思表示が同条に基づく解除の意思表示の趣旨をも含むものと解することができる場合には、同条に基づく解除としてその効力を認めるべきである。そして、証拠(<書証番号略>、原告代表者)によれば、次の事実が認められる。
(1) 倉本は、本件請負契約締結以前から、一階を店舗、二階をボクシングジム、三階ないし五階を賃貸住宅、六階を倉本個人の住居として利用する六階建てのビルの建設を計画し、建築業者数社に対し、請け負い方を打診していたが、いずれからも、そのような建物は違法建築であるとのことで、断られていた。
倉本は、その後昭和五七年二月ころから、被告に対し前記希望どおりの建物の請け負い方を打診していたが、最終的には、一階を駐車場、六階の一部を五階との吹き抜けとし、廊下、階段を外部開放型とすることで容積率の制限内に収め(ただし、竣工検査後六階吹き抜け部分の床を張って原告の希望に沿うこととされた。)、一階及び二階の階高を低くし、本件建物の高さを17.66メートル以内に抑えることで高さ制限の範囲内に収めるという被告の提案を受け入れ、同年八月七日ころには被告が本件建物の建築を請け負うことで原、被告が実質的に合意するとともに、同年九月二八日には建築確認の通知がされた(ただし、当時原告会社がまだ設立されていなかったことから、右建築確認申請は被告の関連会社であるクレードル都市開発株式会社名義でなされた。)。その後、最終的な見積りを経て、同年一一月二〇日、本件請負契約が締結された。
ただし、その過程において、被告の提出する見積りの価格が二度にわたって引き上げられ、結果的に当初の期待よりもかなり高い価格で本件請負契約を締結せざるを得なくなったことから、倉本は被告に対し、不信の念をいだくこととなった。
(2) 本件建物駆体部分がほぼ完成した昭和五八年六月中旬頃、原告は被告に対し、外部廊下及び階段に屋根及び囲いを設けること、あるいはエレベーター室の隣を居住用の部屋とすることを要請したが、被告はこれを拒否した。また、同じ頃、倉本は被告に対し、本件建物に貼られているタイルが被告の示した見本と異なるとして抗議したが、被告はこれを受け入れなかった。以上のような経緯に加え、一階北側玄関の段差やエレベーターホールと廊下との間の段差についても不満を覚えた原告は、被告が原告の要望に従った工事を行っていないとして、被告に対する不信感を募らせるようになり、同年六月二四日ころ、被告に対し、本件工事の中止を命じた。その後、原告、被告に第三者を加えて話し合いがなされたが、原告が工事中断後本件建物を調査したところ、原告の意に沿わない部分が他にも多く発見されたことや、原告が外部廊下及び階段に囲いを設けることに固執したため、話し合いは物別れに終わった。
(3) 原告は、昭和五八年一〇月二五日到達の書面で、被告に対し、債務不履行を理由として本件請負契約を解除する旨の意思表示をした。原告は、その後新工建設に工事を引き継がせ、本件建物を完成させた。
(三) 右事実によれば、本件解除の意思表示がなされたのは昭和五八年一〇月二五日であるが、実質的には原告が工事の中止命令を出した同年六月二四日ころに、既に原告、被告間の信頼関係は完全に破壊されていたことが認められる。また、右中止命令を出したころ倉本が被告に対して述べていたクレームは、エレベーターホールと廊下との段差等二、三の事項にすぎなかったこと(<書証番号略>)を考慮すると、その主たる理由は、原告が、もともと被告に対し不信感を抱いていた上に、被告が原告の要求どおりの工事をしていないとして不満を募らせた点にあると考えられる。そして、その後約四か月間話合いがなされたが、結局折り合いが付かず、原告による解除の意思表示に至った経緯に鑑みると、原告が本件解除の意思表示をしたのは、表向きは債務不履行を理由とするものであるが、実質的には、被告に対する不信感が解消できず、もはや被告による本件工事の継続を断念して原、被告間の契約関係を解消したいとの理由によるものであったということができるから、原告の本件解除の意思表示は、民法六四一条の規定による解除の意思表示をも含む趣旨でなされたものと解するのが相当である。そして、本件では、原告は工事を他の業者に請け負わせて完成させることを前提として解除したことが明らかである(このことは<書証番号略>等によって認められる。)が、そのような場合には、解除の効果はすでに完成している部分には及ばず、未完成の工事部分についてのみ及ぶと解すべきである。
したがって、本件解除は、民法六四一条の規定に基づく解除として、未完成部分についてのみ効力を有するというべきである。
三損害について
1 以上のとおり、原告の解除の意思表示は民法六四一条の規定に基づくものと解すべきであるから、原告は、契約解除によって生じた費用の増加分及び工事完成が遅れたことによる逸失利益を、当然には被告に対して損害賠償として請求することができないことはいうまでもない。しかしながら、被告が契約解除時までに完成させた部分につき、契約の本旨に反した部分があり、それによって原告が何らかの損害を被っている場合には、その損害は、被告の債務不履行に基づく損害として、民法四一五条の規定により、被告に対しその賠償を求めることができるものと解され、原告の主張はそのような趣旨をも含むものと解することができる。したがって、以上の見地から以下原告の損害について検討する(なお、弁論の全趣旨によれば、被告が原告から本件工事の出来高に見合った代金相当額の支払を受けていることが明らかであるから、右損害額の算定に当たっては、本件工事の出来高については考慮しない。)。
(一) タイル工事の不良について
<書証番号略>(鑑定書)によれば、タイル工事の前提としての外壁全面の不陸調整工事をも含め、計二四三万一〇〇〇円の補修費用が必要であるとされている。そして、<書証番号略>によれば、新工建設は、現実に被告の行ったタイル工事部分をはがして工事をやり直していること、外壁全体について不陸調整工事が必要であったことを認めることができるが、他方、<書証番号略>によれば、新工建設の行ったタイル工事は被告の行った工事とは異なる工法を採用していることが認められるから、<書証番号略>のタイル下地修正費用がすべて損害であるとはいえず、結局、前記鑑定の金額が相当なものと認められるから、右金額を原告の被った損害と認定すべきである。
(二) 一階入口のシャッターについて
一階入口のシャッターの内側取付が不可能であることにより原告にいかなる損害が生じたのかは本件全証拠によっても明らかでないから、原告に損害は認められない。
(三) 一部外壁打継目地不良部分について
<書証番号略>によれば、補修費用として八万九〇〇〇円が必要であることが認められる。
(四) 二階部分の梁鉄骨について
<書証番号略>によれば、二階床上の通気管を床下に変更するためには、五三万一〇〇〇円の費用を要することが認められる。
(五) アルミサッシ廻りコーキングについて
<書証番号略>によれば、補修費用として四四万八〇〇〇円が必要であることが認められる。
2 以上のとおり、被告の欠陥工事(債務不履行)によって原告の被った損害は、計三四九万九〇〇〇円である。
四結論
以上の次第であるから、原告の請求は、被告に対し三四九万九〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官赤塚信雄 裁判官綿引穣 裁判官谷口安史)